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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和35年(ワ)161号 判決

原告 国

国代理人 中村盛雄 外三名

被告 西肥自動車株式会社

主文

被告は原告に対し金十一万五千四百一円及び内金一万二千三百九十円に対し昭和三十一年十月二十六日から、内金七千百三十五円に対し同年十一月九日から、内金一万四千五百九十三円に対し同月三十日から、内金七千六百二十七円に対し同年十二月十三日から、内金八百九十円に対し同月二十六日から、内金七千三百八十一円に対し同月二十八日から、内金五万七千四百十円に対し昭和三十二年一月二十五日から、内金百八十円に対し同月三十日から、内金七千百三十五円に対し同年二月六日から、内金六百六十円に対し同年三月一日から各支払済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告指定代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、

被告は一般乗合旅客自動車運送事業を営む会社であるが、昭和三十一年九月七日午后二時五十七分被告会社の被用者である訴外白井武が被告会社の事業の執行として旅客乗合自動車長崎二-七二四〇号を運転進行中、長崎県北松浦郡小佐々町黒石免国鉄白の浦線第十五号踏切附近において自動三輪車と離合するに際し、運転をあやまつて右旅客乗合自動車を道路左側石垣下に転落させ、そのため当時訴外日本電池株式会社福岡支店の社員で同会社の業務出張のため前記自動車に乗つていた訴外大神隆毅に対し、左脛骨々折等の傷害を与えた。そこで被告会社は前記白井の使用者として、同人が訴外大神に対し右不法行為によつて与えた損害を賠償する義務があるところ、前示日本電池株式会社は労働者災害補償保険法第十三条の強制適用事業に該当する業務を営むもので、前記事故は被害者大神が同会社の事務遂行の途上において生じたものであるから、原告は同法に基いて訴外大神に対し、同人が右事故によつて蒙つた損害のうち療養補償費として昭和三十一年十月二十五日に金一万二千三百九十円、同年十一月二十九日に金一万四千五百九十三円、同年十二月二十五日に金八百九十円、昭和三十二年一月二十九日に金百八十円、同年二月二十八日に金六百六十円を、休業補償費として昭和三十一年十一月八日に金七千百三十五円、同年十二月十二日に金七千六百二十七円、同月二十七日に金七千三百八十一円、昭和三十二年二月五日に金七千百三十五円を、障害補償費として昭和三十二年一月二十四日に金五万七千四百十円をそれぞれ給付した。従つて訴外大神の前記事故による損害は右給付額の合計金十一万五千四百一円を下らないものというべきところ、原告は同法第二十条により右給付額の限度で被害者大神の被告会社に対する前示不法行為に基く損害賠償請求権を取得したものである。

よつて原告は被告に対し右給付額の合計金十一万五千四百一円と各給付額に対する支給の日の翌日より支払済にいたるまでそれぞれ民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

と陳述し、被告の消滅時効の抗弁に対し、原告は被告に対する本件損害賠償請求権について昭和三十四年五月二十六日納入告知書を作成して被告にあて発送し、右告知書は遅くとも本件事故発生の日より三年以内である同年六月八日に被告に到達しており、しかもこの納入告知は会計法第三十二条の規定により時効中断の効力を有するものであるから同日から三年を経過していない昭和三十五年九月二十二日の本訴提起当時右請求権の消滅時効が完成していなかつたことは明らかであると述べた。立証〈省略〉

被告会社代表者は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

被告会社が原告主張のとおりの事業を営む会社であること、被告会社の被用者である訴外白井武が原告主張の日被告会社の事業の執行として主張の旅客乗合自動車を運転進行中、原告主張の時刻にその主張の場所で運転をあやまり、主張のような事故を起し、そのため訴外日本電池株式会社福岡支店の社員で同会社の業務につき出張中の訴外大神隆毅に対し原告主張のような傷害を与えたことはいずれもこれを認めるが、その余の事実は知らない。

仮りに原告が訴外大神に対し主張のような保険給付をし、労働者災害補償保険法第二十条によつて同人の被告に対する損害賠償請求権を取得したとしても、それは三年の消滅時効完成により既に消滅に帰したものである。即ち右請求権はもともと私法上の債権であつて、これがそのまま原告に移転したのに過ぎないから民法第七百二十四条所定の三年の消滅時効に従うべきであるし、また不法行為に基く損害が継続的に発生し、漸次堆積する場合には最初に損害及び加害者を知つたときから損害額全部の賠償請求権について時効が進行するものというべきであるから、本件損害賠償請求権の消滅時効は原告が最初の保険給付をした日の翌日である昭和三十一年十月二十六日から三年を経過した昭和三十四年十月二十五日をもつて完成したものであると述べ、原告の時効中断の主張に対し、被告が原告よりその主張の日に主張の納入告知書を受領したことは認めるが、右納入告知によつては本件損害賠償請求請求権につき時効中断の効力は生じない。すなわち、会計法第三十二条は国の公法上の原因に基く金銭債権についてのみ適用されるべきものであつて、私法上の原因に基く金銭債権、殊に形式的にも確実性が薄く、被告として納入告知書の受領によつてはじめて請求及びその金額を知り得るような不法行為に基く本件損害賠償請求権についてまでも右納入告知に時効中断の効力を認めることは官民平等の正義に反し、憲法に違反する解釈であつて許されるべきものではないと述べた。

理由

被告が一般乗合旅客自動車運送事業を営む会社であり、原告主張の日時場所において、被告会社の被用者である訴外白井武が被告会社の事業の執行として旅客乗合自動車を運転進行中その運転をあやまり原告主張のような事故を起し、そのため訴外日本電池株式会社福岡支店の社員であり同会社の業務出張のため乗車していた訴外大神隆毅に対し、その主張のような傷害を与えたことは当事者間に争がなく、この事実によると、右事故は前記白井が運転者としての注意義務を怠つたことにより生じたものであることを推認することができ、この認定を覆すに足る証拠はないところ、被告は右白井の選任及び監督につき相当の注意をなしたとの点につきなんらの主張立証もしないので、同人の前記不法行為に対し、その使用者として損害の賠償をなす義務があるものというべきである。

そこで被告の賠償すべき損害額及び被告者大神の右損害の賠償請求権が原告に移転したかどうかを考える。証人井上人計の証言及び之により成立の認められる甲第一乃至第十号証の各一、二によれば、訴外大神の勤務先である日本電池株式会社は労働者災害補償保険法第三条所定の強制適用事業である電気機械の製造販売を業とする会社であることを認めることができ、また右大神が同会社の業務のため出張中本件事故により負傷せしめられたものであることは冒頭記載のとおり当事者間に争がないので、同人は原告国に対し労働者災害補償保険法所定の保険給付の受給権を取得したものというべきところ、前掲各証拠によれば原告は右大神に対し同法第十二条に基き災害補償として昭和三十一年九月八日から昭和三十二年一月十四日までの間に合計金二万八千七百十三円相当の療養給付をし、主張の各日時に福岡県済生会福岡病院に主張の診療費を支払つたほか、その主張の各日時にその主張のとおりの休業補償費や障害補償費などの保険給付をしたことを認めるに十分であつて、この認定を左右する証拠はない。以上認定の事実からすると、訴外大神は前記不法行為により少くとも右給付額を下廻らない損害をこうむつたものと推認することができ、かつ本件事故並びに右損害の発生について訴外大神に過失があつたと認められる証拠はないから、被告の被害者大神に対する賠償額もまた前示給付額を下廻ることはないといわなければならない。而して原告は同法第二十条により右給付をなした都度その額の限度で訴外大神の被告に対する損害賠償請求権を取得したものと解すべきところ、被告は、原告が右損害賠償債権を取得したとしても、それは既に時効によつて消滅している旨を主張し、原告は右時効は中断され本訴提起当時まで完成していないと抗争するのでこの点につき検討してみると本件損害賠償請求権は、民法上の不法行為に基くものであるから、その消滅時効は、同法第七百二十四条所定の三年の期間に従うこととなるが、前認定のような本件事故発生の状況からすると、被害者大神は右事故発生の日である昭和三十一年九月七日に、この事故に基く損害の発生及び加害者が被告会社の被用者白井武であることを知つたものと推認することができるから、右消滅時効は同日より進行を始めるものと解するのが相当である。被告はこの時効期間の初日を、原告が大神に対し最初の療養補償費の給付をした日の翌日である昭和三十一年十月二十五日として時効を援用しているが、いづれにしても原告が本件損害賠償請求権を取得した後、被告主張の右起算日よりすれば勿論、被告にとつて有利な前記本来の起算日よりしても満三箇年以内である昭和三十四年五月二十六日右請求権について被告にあて納入告知書を発し、之が遅くとも同年六月八日までに被告に到達したことは被告の自認するところ、この納入告知は会計法第三十二条により時効中断の効力を有するものであるから、本件損害賠償請求権についての消滅時効は同日を以て中断されたものというべきである。この点につき、被告は右会計法第三十二条の規定は国の公法上の原因に基く金銭債権についてのみ適用があり本件のような私法上の原因に基くものにまでも適用されると解することは、憲法に違反すると反論するので考えてみるに、原告の取得した本件損害賠償請求権が、訴外大神の被告に対する前認定のそれと同質で私法上の原因に基くものであることは所論のとおりであるが、会計法第三十二条にいう「法令の規定により国がなす納入の告知」とは国が、その歳入の徴収をなすため同法第六条、予算決算及び会計令第二十九条等の諸規定に準拠してする公の手続であつて、明確な形式が定められており、この形式的正確性の故に一般私人のする形式上なんらの制限もない催告とは異なる時効中断の効力を与えているものであると考えられる。

従つてこの告知は、それが同じ形式、手続をふんでなされるものであるかぎり、その債権の発生原因が公法上のものであると私法上のものであるとを問わず等しく時効中断の効力を有するものと解すべきであつて、このことは会計法第三十二条が「……民法第百五十三条(前条において準用する場合を含む)の規定にかかわらず時効中断の効力を有する」と規定していることからも明らかであつて、このように解したからといつて、国と一般私人とを不当に差別したことにはならないから、勿論憲法に違反するものではなく、従つて被告の右主張は理由がない。而して原告が右時効中断の日より三年以内に本訴を提起したことは記録上明らかであつて、本訴提起当時には三年の消滅時効期間は満了していなかつたので、被告の消滅時効の抗弁は結局採用することができない。

そうすると、被告は原告に対し前記給付額合計金十一万五千四百一円及び各給付額に対する支給の日の翌日より支払済にいたるまでそれぞれ民事法定利率年五分の割合による金員を支払う義務があるものといわなければならない。よつて、被告に対し右金員の支払を求める本訴請求を全部正当として認容し、十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口照雄 森永竜彦 浅野達男)

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